Twitter上のフィギュアスケート好きな有志一同が立ち上げたブログです。
ロシアのブロガーMikhail Lopatin氏の記事を日本語訳して公開する場所として開設しました。ちゃんと執筆者の了承を得ています。
ブログのタイトル「Cantilenae Amoenae」(カンティレーナエ・アモエナエ)はラテン語で「快美な歌声」といった意味です。
詳細は「事の始まり」という記事をご覧下さい。
なお、コメントは承認制です。諸々の事情により返信は殆どできないと思いますが、それでも良ければ是非コメントしてください。
また、当ブログはリンクフリーですが無断転載は禁止です。どうか宜しくお願いします。

スピンと音楽の調和 — 羽生結弦と宇野昌磨の演技に見られる秘訣(Mikhail Lopatin 氏による英文記事の日本語訳)

スピンと音楽の調和 — 羽生結弦宇野昌磨の演技に見られる秘訣

原著者:Mikhail Lopatin
原著者によるロシア語と英語の記事はこちら(上半分がロシア語原文、下半分が英語訳)


この記事では、主に羽生結弦宇野昌磨の近年のプログラムにおける振り付けと音楽との関係について些かの考えを述べようと思います。そのプログラムに内在する音楽性については広く知られていますが、この音楽性を構成する要素について、きちんと詳細に分析しようという試みは依然としてごく僅かです。例えば、ショパンの《バラード第1番》(羽生結弦)やラフマニノフの《悲歌 変ホ短調》(パトリック・チャン)、《ラヴェンダーの咲く庭で》(宇野昌磨)のようなプログラムを見ると、既存の曲に合わせて振り付けをしたのではなく、それらのプログラムで使用するために曲が作られたのではないかと思えてくる程です。そうした「自然な」動きと流れの裏側には、果たしてどのような秘密が隠されているのでしょうか。

そうした秘密の一端を知るには、スピンを詳しく調べてみるのが良策ではないかと思います。このエレメントは回転数とポジションがかなり厳格に決められている上、ショートとフリーのどちらでも3回繰り返されるため、各プログラム内の相当な部分を占める事になります。
例えば、スケーターがエレメント全体で1種類の動きしかしないと想像してみてください。それがスピンであれば非常に単調になる事でしょう。それ故にスピンをプログラムと伴奏に組み込むのは、他のエレメントに比べて難しい仕事になるに違いありません。ステップならばスピンよりも多様で様々な方向へ動く事が出来ますし、ジャンプならば短い時間でダイナミックな表現が出来ますが、スピンの場合そうは行きません。
実際、近年のプログラムを複数見てみれば、その難しさがはっきりと分かります。音楽の切れ目を通り過ぎて回転してしまったり、楽曲中のフレーズやハーモニーの構成に合わなかったりする事は珍しくありません。時にはスピンの途中で音楽が止まってしまうなど、見苦しい事になる場合もあります。そのため、プログラム中の1つのスピンを音楽の構成に合わせるだけでもある程度の努力と創造力が必要です。ましてや3つのスピン全てを合わせるとなれば尚更でしょう。
しかしながらスピンを音楽と同調させる事は、最初に述べた内在する音楽性と「自然さ」を生み出す事に大きく貢献するのです。それでは、幾つかの例を見て行きましょう。

スピンを組み入れる際に最も単純で効果的な方法は、曲の変わり目に回転を始めるやり方です。そこで始まる曲がスケーターが作り出すスピンの動きを彷彿とさせるものであれば一層素晴らしいものになります。次に2つの実例を挙げましょう。パトリック・チャンショートプログラムラフマニノフ《悲歌 変ホ短調》でのチェンジフットキャメルスピン(2014年ソチ五輪)と、宇野昌磨が2010〜2011年に使用したプログラム《ツィガーヌ》でのチェンジフットシットスピン(2010年全日本ジュニア選手権)です。

何れの場合も、印象的な曲の変化とスピンの動き自体がそこから始まる旋律の形にぴったりと合っているため、非常に優れたスピンに仕上がっています。
例えば、宇野昌磨の《ツィガーヌ》では、スピンの動きが完全にピアノ演奏のトリルと同調しています。やがてこのトリルは1オクターブ下がりますが、この移調と同時にスピンの軸足とポジションが変化するのです。
一方、パトリック・チャンの《悲歌》では、旋律の進行が更に複雑で凝ったものになっています。しかしこのスピンの伴奏の旋律は、絶えず行きつ戻りつしながらも、スピンの動きに良く調和する「円形」の旋律になっています。
これら2つの例を見れば、スピンを「旋律に合う」ように見せるための2つの重要な条件をご理解頂ける事でしょう。まず1つには、宇野昌磨の例に見られるように、スピンのリズムと音楽のリズムとが完全に一致している事。2つには、その曲調自体が「円」を描くように循環するものであれば、スピンの動きと一層良く調和するという事です。加えて、スケーターがスピンをしながら上下にポジションを変えたり、或いは腕や手を使って様々な曲調を表現したりする事で、旋律の調子とアクセントを明確に強調する事が出来ます。つまり、一層「自然」で「流れるような」スピンを生み出す(観客の目にそう見えるようにする)には、リズムと旋律が同じくらい重要になるという事です。

 

リズム

例えば、羽生結弦が2014年ソチ五輪で演じたフリーのプログラム《ロミオとジュリエット》の最初のコンビネーションスピン、フライングチェンジフットコンビネーションスピンを見てみましょう。

まず第一に、楽曲が鮮やかに変化するため、申し分の無い調子でスピンが始まります。スピン全体の伴奏となるのは荘厳な8小節のコラールです。旋律の面から考えると、この楽曲にはスケーターのスピンの動きと共通するものが何一つありません。しかしリズムの面では、楽曲とスピンの間に密接な関係が見られます。8小節のコラールは8つの異なるハーモニーで構成され、それらが互いに規則正しく入れ替わります。当然ながらこのスピンの基本ポジションは通常よりも短く、キャメルスピン(1)からドーナツスピン(3)、次いでシットスピン(5)、そしてビールマンスピン(7)へと変化して行きます。しかしながら、スケーターがそうしたスピンのヴァリエーションを作り出す事で最終的にはコラールの全ての小節を「埋め」(下図参照)、更に楽曲のハーモニーの変化にぴったり合うポジション(或いはその組み替え)の変化を可能にしたのです。

f:id:Georgius:20180920082346j:plain

音楽性と振り付けの同調という観点から見ると、宇野昌磨の《ラヴェンダーの咲く庭で》は、そのレパートリーの中でも取り分け優美で巧妙なプログラムの1つに数えられるでしょう。かつてタチアナ・タラソワが述べたように、その振り付けと伴奏とがあまりにも深く結び付いているように見えるため、このプログラムで使用するために特別に作られた曲なのではないかと思えてくる程です。その比較的単純で具体的な例の1つが、次に示す宇野昌磨のチェンジフットシットスピンです。

このスピンでは、2つのポジションが2つの良く似たフレーズと上手く調和しており、ポジションを変える際は2つのフレーズの移行部にぴったり合わせて軸足を替えています。又、このスピンでは、旋律の進行方向とスケーターの動きとが結び付いているのかもしれません。それというのも、最初の上昇で立ち上がって足を替え、下降すると同時に2番目のポジションに移っているからです。
興味深い事に、2017〜2018年の《冬》でも、殆ど同じ方法でビバルディの楽曲にシットスピンを組み込んでいます。

この場合もやはり、非常に良く似た2つのフレーズに合わせたスピンとなっており、どちらのフレーズもよく調和した短い音符の連続で構成されています。これら2つのフレーズは2つのポジションで強調され、スピンと旋律とが同時に変化するようになっています。更に興味深い事に、振り付け師はこのスピンの部分でビバルディの楽曲をアレンジしています。最初のフレーズにもう1つ反復を加え、1拍子増やしているのです。その1拍子分の時間により、スケーターは最初のポジションで全ての回転を悠々とこなした上で、音楽とぴったり合わせて軸足を替える事が出来るようになっています。

f:id:Georgius:20180920082355j:plain

こうした例を見れば、1つのスピンを振り付け、更に目にも耳にも流れるような自然な印象に仕上げるためにはどれ程の苦労と思案とが必要であるかをご理解頂けるのではないでしょうか。

それでは、この章の最後の例として、羽生結弦の《バラード第1番》を取り上げましょう。

このプログラムのキャメルスピンは、ショパンの音楽のあらゆるハーモニーの変化と音のアクセントを反映するように振り付けられています。

f:id:Georgius:20180920082402j:plain

f:id:Georgius:20180920082409j:plain

ここでもやはり、スケーターは腕の動きで音楽を細部に至るまで表現しています。取り分け、スピンの最後(上図の5番目のポジション)では、左腕を上げる事で旋律の最高音を強調しています。まさに珠玉の表現と言う他ありません。

 

旋律の進行とスピン

振り付けが持つ可能性は、単純にスピンの動きと旋律の進行がリズミカルに調和している事だけに留まりません。この例をご覧になれば、その事をはっきりとご理解頂けるのではないでしょうか。このスピンでは、旋律の進行方向とそのアクセントに腕とスピンのポジションを合わせ、それによって旋律の持つ力を巧みに表現する事に成功しています。

宇野昌磨の2014〜2015年のプログラム《クロイツェルソナタ》では、ベートーベンの第1楽章の導入部へ向けて最初のスピン(チェンジフットキャメルスピン)が演じられています。

テンポがゆったりとしていてハーモニーの変化がやや変則的なため、このスピンの全てのポジションを楽曲に組み入れるのは非常に困難です。そこでこのスピンでは、リズムの調和を生み出すよりもバイオリンパートの旋律の進行を明確にする事に焦点が当てられています。

f:id:Georgius:20180920082421j:plain

f:id:Georgius:20180920082428j:plain

まず、1番目のポジションが最初の2音の際のジャンプから始まります。それ以降はバイオリンの夫々の音を振り付けで表現しています。1番目の音ではキャメルスピン(1)、2番目ではレイオーバースピン(2)、3番目にはハーフビールマンスピンに至り(3)、最後に旋律の終わりの終止形のモティーフでスピンが終わります。ただし、ジャンプの構成はシーズン中に多少変わるため、このプログラムにおけるこのスピンのポジションも絶えず変更される事になります。しかしながら、ここで分析したこの1番目のポジションが、旋律と振り付けとの関係性という観点から見て最も成功したものであるという点は変わらないでしょう。

既に述べたように、羽生結弦のスピンには、腕使いで単音と旋律のアクセントを強調するという特徴が見られます。その好例として、このスケーターのプログラム《SEIMEI》の最初のコンビネーションスピンをご覧頂きましょう。

ここで取り分け感銘を受けたのは、「ドーナツ」のポジションで腕を使い、フレーズの終わりをはっきりと表現した事です。スピンのポジション自体は次のフレーズと重なっていますが、それ故にこそ、腕の仕草で楽曲のハーモニーの構成とは異なる印象を描き出したのです。この1つのポジションの中にこのような強い視覚的なアクセントを作り出し、それによってフレーズの終わりを巧みに表現しています。

《バラード第1番》の最後のコンビネーションスピンも同様です。楽曲が最後のコードに至る前にスピンが始まるため、初めはそのスピンの開始と楽曲の内容とが、僅かにずれているように見えるかもしれません。

しかしこのプログラムでも、シンプルでありながら優美なやり方でその問題が見事に解決されています。最初の基本的なポジションのスピンの間に決定的なハーモニーの変化があるのですが、スケーターがその変化にぴったり合わせて右の拳を強く握り締めるのです。これによって旋律の強いアクセントが視覚的に強調されるため、スピンの始まりで見られた身振りと楽曲との不調和が打ち消され、流れるようなスピンに見せる事に成功しています。

最後の例として、宇野昌磨の2016〜2017年のプログラム《ロコ》のコンビネーションスピンを取り上げましょう。

この歌の最後の部分はリズムの面でも旋律の面でもかなり変則的なため、すべてのポジションを伴奏と調和させるのは極めて困難です。恐らくこうしたスピンでより重要になるのは、曲の終わりに向けて加速する事でしょう。このスケーターが最後のアップライトのポジションでスピンを加速すると、殆どの場合、伴奏と演技とが見事に一体化します。特にこの2017年の四大陸選手権におけるバージョンは、幾つもの重要な旋律のアクセントを強調するために、このスケーターがどのような腕使いをしているのかを知るのにぴったりの例と思われます。これは《ロコ》の最後のコンビネーションスピンの中では(2016年のグランプリファイナルの演技などと比べると)技術的な意味では最高の演技ではないかもしれませんが、音楽性という観点から見ると他よりも格段に優れています。このスピンがあるが故にこのプログラムのフィナーレが非常に印象的なものとなり、宇野昌磨の経歴において極めて重要な役割を演じる事となりました。このプログラムにより順位を上げ、多くのメダルを勝ち取ったという事だけではありません。このスケーターの楽曲へのアプローチや、楽曲を聴いて演技と調和させる方法、更にその音楽的な資質がどのように鍛えられたのかを知る上で欠かせないプログラムと言えるでしょう。

 

上記で分析した例は、演技全体の中のごく些細な、重要性の低い部分に思えるかもしれません。しかしこれらの例を見る事で、フィギュアスケートにおいて、この独特なエレメント1つの振り付けに大変な苦労と思案とが込められている事をご理解頂けるものと思います。そして、動きと楽曲とが同調しているエレメントを演じるためには、大変な努力と集中力とがスケーターに求められる事もお分かりでしょう。その努力はジャッジから十分に理解され、評価されるものと思われますが、それが全てというわけではありません。高く評価された場合でも、例えば難しいジャンプの入り方と同じくらい多くの点数をもたらす事はないでしょう。
競技会では音楽性で勝負する事は出来ませんが、しかし人間には心というものがあります。それ故に音楽性の追求は、極めて大きな到達点へとスケーターを導いてくれる筈です。プログラムに流れや滑らかさや自然なリズムをもたらして他とは一線を画すものと成さしめ、最初から最後まで観客の意識を惹き付けて、1つのスピンや1つのプログラムよりもずっと長い間心に残るような、忘れ難い印象を作り出す事が出来るようになるのではないでしょうか。

 

日本語訳立案/翻訳/校閲Twitter上のフィギュアスケートファン有志一同
※ Mikhail Lopatin 氏の許可を得て翻訳しました。

 

翻訳担当者の後書き

やっとMikhail氏の記事の日本語訳第2弾をお届けする事が出来ました。この記事は何故かロシア語版と英語版で少し内容が異なっているのですが、分かる範囲でロシア語版の方に合わせてみました。なお、今回は前回よりも短時間で仕上げざるを得なかったため、誤字脱字や誤訳が彼方此方に残っているかもしれません。何かお気付きの場合はこの記事にコメントするか、当ブログの管理人まで知らせて頂けると大変有り難いです。時間を見付けて検討/修正しますので、どうか宜しくお願い致します(早速ですが2018年9月20日17:45頃、パトリック・チャン選手のスピンの解説部分に大変な誤訳がある事が判明して大幅修正しました)。